2011年8月22日(月) の予定

水平社博物館が川東大了を提訴

事件番号 平成23年(ワ)第686号 慰謝料請求事件
原告 水平社博物館
被告 川東大了

第1 請求の趣旨
1.被告は原告に対し、金1000万円及びこれに対する本訴状送達の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2.訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行宣言を求める。
第2 請求の原因
1.当事者
(1)原告財団法人水平社博物館について
原告は1999年4月1日に設立された財団法人である。
設立目的は部落問題及び水平社運動に関する調査、研究を行うとともに、関係史料、文化財を収集、保存し、併せてこれらを一般に公開することにより、人権思想の普及と啓発に資することである(甲第1号証、原告寄附行為第3条)。
設立関係者はこの目的のために水平社発祥の地であり、西光万吉、阪本清一郎、駒井喜作ら水平社運動の先達の地である奈良県御所市柏原に1998年5月に水平社歴史館を設立、開館をし、同館が博物館法により登録博物館と認可されると共に同館の土地、建物等を基本財産として、上記のとおり1999年4月1日に財団法人として認可され設立された(甲第2号証)。
水平社博物館においては、部落問題、水平社運動等に関する常設展示をすると共に、テーマを設定して特別展示・企画展等を開催している。
(2)被告川東大了について
被告は「在日特権を許さない市民の会」の副会長、関西支部長の肩書を有する者である。
「在日特権を許さない市民の会」は「在特会」と略称されることのある組織で、在日韓国人、朝鮮人の特別永住資格の廃止を主唱する団体であり、街頭宣伝や抗議行動をホームページ上で予告して、参加者を募集し、これを自ら録画してネットの動画サイトに投稿をするという活動をする等し、一部マスコミから「ネット右翼」と呼ばれることもある。
被告はこれまでに徳島県教職員組合事務所に侵入し、威力業務妨害罪で逮捕された経歴を有し、2009年12月4日には京都朝鮮第一初級学校周辺で「北朝鮮のスパイ養成所」、「日本から出ていけ、スパイの子ども」等と怒声をあげ、同校の授業を妨害するなどした上、同校が管理するスピーカーのコードを切断する等したとして逮捕、勾留され、同事件で他の被告人と共に現在京都地方裁判所で威力業務妨害罪と侮辱の罪で審理され、2011年4月21日、京都地方裁判所は「犯行態様は悪質だ」として、被告人に対して、懲役1年6月、執行猶予4年(求刑1年6月)の判決を言い渡した。
2.本件不法行為(名誉毀損行為)について
(1)原告は2010年12月10日から2011年3月27日までの間、常設展示の外に、第11回目の企画展として「コリアと日本-韓国併合から100年」と題する企画展示をなした。
その趣旨は、「韓国併合」から100年を迎える2010年にあたり、朝鮮と日本が歩んできた歴史を振り返り、今後のコリアと日本を考えるというところにあった。
(2)2011年1月5日14時12分に被告は1m位の旗竿に日章旗をつけたものを手に原告博物館建物に来所し、特別展示室内に展示された「コリアと日本」展を見学した後、15時15分頃に受付付近で博物館職員に対して、閔妃(ミンピ)暗殺事件に関わる展示(博物館は「朝鮮でロシア勢力が拡大すると、1895年10月、日本はその中心だった明成皇后(閔妃)を殺害しました。この蛮行に対し朝鮮では反日義兵闘争が展開され、国王高宗(コジョン)は1897年に国号を大韓帝国と改め、日本の侵略に抗しました。」として展示した)に対して、あれは誤っている、並列表記すべきだ等と抗議をした。
退館を求める原告の職員の要求に被告が応じなかったため、職員は警察に通報し、被告に退去を求めた。
駆けつけた警察官によると、被告は1月22日、23日の両日に原告の博物館前での街頭宣伝を計画しており、その旨警察署に事前に申出ているとのことであった。但し、ひとりでハンドマイクで街頭宣伝するとのことであったので、警察は許可は不要であると対応したとのことであった。
(3)被告は、2011年1月22日午後1時過ぎより、御所市柏原235-2の水平社博物館前路上で、被告の行動を録画、録音する者1名を同道の上、下記のとおり、ハンドマイクを使用して原告の名誉を侵害する演説をなした(甲第3号証)。


「なぜここでこうやってマイクを持って叫んでるかといいますと、この眼の前にある穢多(エッタと発言)博物館ですか、非人博物館ですか、水平社博物館ですか、なんかねえ、よく解らんこの博物館」
「強制連行された女性の中には、慰安婦=性奴隷として軍隊に従属させられ、性的奉仕を強いられた人もいましたと、こういったことも書かれておりますねえ、(中略)慰安婦イコール性奴隷と言っているんですよ、こいつらはバカタレ、文句あったら出てこい、穢多ども。慰安婦、性奴隷?これねえ、すごい人権侵害ですよこれ。性風俗産業ね、自分が性風俗産業で働くのが大好きだと、これが天職だと、喜んで働いている女性に対して人権侵害なんですよこれ」
「この水平社博物館、ドエッタどもはですねえ、慰安婦イコール性奴隷だと、こういったこと言っているんですよ、文句あったら出てこいよエッタども。ね、ここなんですかドエッタの発祥の地、なんかそういう聖地らしいですね」
「エッタやら非人やら言うたら大勢集って糾弾集会やら昔やっとったん違うんですか、出てこいエッタども、何人か聞いとるやろ、エッタども、ここはエッタしかいない、エッタの聖地やと聞いとるぞ、出てこいエッタ共、お前らなあ、ほんまに日本中でなめたマネさらしやがって」
「ここでそういうことやったら、なんか大勢人間がね、集まってきて囲まれて、なんか大変なことなるということをね、ちょっと事前に聞いてね、あまりこう、平穏に街宣ができるとはちょっと思ってなかったのであまり何を言うか考えてこなかったんですけど」
「いい加減出てきたらどうだ、エッタ共、ねえ、エッタ、非人、非人、非人とは人間じゃないと書くんですよ、お前ら人間なのかほんとうに」
「エッタとは穢れが多いと書きます。穢れた穢れた卑しい連中、文句あったらねえ、いつでも来い」
3.被告の発言の不法行為性、名誉侵害性について
(1)穢多身分に対する強固な差別意識について
穢多身分、非人身分については、封建制の確立と共に日本社会において固定されたとされているが、穢多身分については更に古く、戦国時代以前からの仏教思想に基づく、穢れ意識等と不可分に形成されたものであるとの見解もある。
身分外の存在、穢れの多い人々とする差別観念は永年にわたって形成され、日本社会の隅々にまで行き渡っている、極めて強固なものである。
四民平等を唱った明治維新後も反解放令一揆さえ発生し、新平民と称されて、被差別民に対する差別は温存され続けてきた。
1965年の同和対策審議会答申によって、「同和問題の解決(部落差別の解消)は国及び地方公共団体の責務であり、国民的課題である」とされ、1969年に同和対策事業特別措置法が制定された後も日本国民の間には今尚根深い社会意識としての差別観念が存在し、結婚差別、就職差別も表面的には減少したとはいえ、やはり厳然として存在している。
(2)穢多発言について
江戸時代、明治、大正時代を通じて、被差別部落出身者に対して面と向かって穢多、非人と名指しすることは、その人に対する最も露骨で、端的な差別発言であった。
お前は人間ではない、人間外の存在で、ケガレ多き人であるという指摘はその人の全人格を直接的に否定する行為であった。
そのような指摘により、人々は結婚を諦めさせられ、就職を拒否され、自死をし、更にケースによってはそのような行為をなした人を殺害するに至ったことも惹起したことがあった。
司法もまた差別行為に荷担した歴史を有している。
戦前(1933年、昭和8年)に高松地方裁判所は、被差別部落の出身であることを隠して結婚しようとした男性とその兄に対して結婚誘拐罪が成立するとして有罪判決をなしたのである。有名な高松結婚差別裁判事件である。
穢多、非人等の蔑称をもって人を指弾する行為は、これを聞く周囲の人々に対して、穢れの多い、人間外の人であるとの潜在的な、あるいは顕在的な差別感情を惹起、拡大させるものである。
穢れある、忌まわしい存在、特別な存在であるかの如き感情を引出し、それがその人に対する特別視、蔑視をもたらし、差別者に同調する心情を形成するのである。
(3)原告は冒頭に述べたとおり、部落問題、水平社運動に関する調査、研究を行ない、これを一般に公開するとともに人権思想の普及と啓発に資する活動を目的とする財団法人であり、その調査、研究により、又これを一般に公表する博物館活動を通じて、部落問題はもとより、広く日本国憲法が唱える基本的人権思想を普及し、啓発してきた法人である。
被告は原告に対して、穢多(エッタ)博物館、非人博物館と蔑称を投げつけると共に、その関係者らに対して公然と口頭、拡声器を使用して、ドエッタ共、出てこい等との挑発的言動を意図的になしたので、前代未聞の差別事件である。
これは穢れ多き人々、人間外の人々が邪な目的を持って原告を設立し、原告が邪な社会的活動をなしている、そしてそのような邪な目的の下で「コリアと日本」の企画展示をなしていると主張して、公然と事実を摘示し、基本的人権を普及し、啓発を旨とする原告の名誉を著しく毀損する言動をなしたものというべきである。
(4)被告の本件行為の悪質性について
被告の言動の悪質性は(2)で指摘したとおりである。
しかも被告はこの言動の一部始終を自己の動画サイトに投稿し、全国の人々に流布させるべく試みている。
その発言内容と共にその伝達方法からして、被告の行為は原告に対する悪質極まりない差別行為というべきである。
更に部落解放同盟やその機関紙に対して、糾弾をするなら、してみろ、その状況も全国に流してやる等との悪質な挑発活動を公然と繰り返している。
(5)被告と「在特会」の関係について
原告は被告が「在特会」の関係者と共謀して、「在特会」の活動の一環として本件名誉毀損行為をしたものとの疑いを払拭できないが、「在特会」の代表者、及び被告自身が、本件は「在特会」は関知せず、被告の個人的行動である旨公表していることに鑑み、被告個人の行為として本訴を提起した。
4.原告の損害について
原告は、1998年4月1日に財団法人水平社歴史館として発足し、同年5月1日、水平社歴史館を開館した。また、同年、文部省(当時)より博物館法に基づく登録博物館としての認可を受けたことにより、1999年4月1日、財団法人水平社博物館に名称を変更・登記した法人である。
原告は同館の開館以来、部落差別の撤廃、人権思想、基本的人権の普及、啓発に尽力し、日本国内外から既に25万人を超える人々が原告博物館を参観し、全国水平社発祥の地、日本の人権のふるさととして親しまれている。
このような原告の名誉ある活動に対して、被告は水平社博物館前で、穢多博物館、非人博物館と蔑称を何回も投げつけてその名誉を著しく毀損し、あまつさえ、そのような差別行為をインターネット上に動画として全国に発信する等の極めて重大な挑発的行為を公然と仕掛けてきたものである。
原告は被告の上記行動により蒙った社会的、精神的損害に対する慰謝料として、被告に対して、金1000万円とこれに対する遅延損害金を請求する。

    証 拠 方 法
1 甲第1号証 財団法人水平社博物館寄附行為
2 甲第2号証 パンフレット
3 甲第3号証 反訳書

登録番号
No.340
日時
8月22日(月)
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